明日には忘れるひとりごと

ただの偏見と自論

気を遣うってほんとは自己満足でいいことってわけでもない

今日は帰りも、お話するので、今日はじゃないか

二部作です、珍しく

 


来た時より、雨も、風も、強くなってます

 


覚えてたから、さっきの続きにしようかなあと、思ってるんですけど、

すきなものの話を、自信満々にできる、かできないか、っていうのは、ずっと、自分の中の葛藤としてあって、

好きだからこそ、話したい、話せる、っていうきもちも、もちろん、あるにはあるんですけど、ただ、自分の好きなものを、同じく、好きなひとを前にすると、話せなくなる。

自分がほんとに、そのひとほどの熱量で、それを好きかと、問われると、そうでも無い気がするし、

自分の知ってるそれが、ほんとに、好きかと問われた時に、好きだという確信ができない。

そう思うようになったのも、たぶんなにかしらの、きっかけはあったんだろうと、思うんだけど、

わたしは昔から、感情表現とか、うーん、

自分の、表にでてない部分を、

ひとに、、伝えたりすることが、得意ではないほうなので、

いやなことを、嫌だ、と言うことに、ものすごく、体力だったり、そういう、エネルギーを、使ってしまう

時間も、すごく使うし、

なんで、嫌だって言うのが、こんなに、しんどいのかは、自分でよく分からないけど、。

 


たまにやってしまうのは、嫌なことを、

嫌って、

相手に伝えるくらいなら、

嫌でも、やってしまおうと、思う、こと。

 


なんとなく、嫌なことを、

嫌っていう理由で、断るのは、

エゴが強すぎるって、思ってるかな、、なんかそんな感じで、断ったことの、相手の反応も、もちろん気にはなる。気にしなくても、断った後に、自分に残る、モヤっとした何かが、気持ち悪すぎて、断れない、わたしは。

 


けど、

すきなものになると、それも逆に働く。

 


なんてゆったらいいんだろう、すきなもの、ほんとうにほしいものに対しても、

それこそ、ほんとうにすきなので、本当に欲しいですって、言うだけで手に入るはずなのに、わたしがこんなに、すきだとか、欲しいって思うもの、だから、

もしかしたら、それをくれようとしてる、相手、もしくは、それを、わたしと同じようにほしがってる人、は、

わたし以上に、それを大切にしたかったり、欲しいって、思ってたりしてるのかあ、してるのかなって、思ったりすると、わたしの気持ちなんか、ちっぽけなものすぎて、もらう資格ないんじゃないかあとか、思ってしまう

折角、手に入れられるはずだった、チャンスのひとつを、逃してしまう。

 


あとでめちゃめちゃ、悔しくはなる、

ほんとは、欲しかったんだけどなあとか、

まあそれも、自己責任でしかないんだけど、

アピールが少ないとか、そういう

言いたいことは、言えたほうがラクなんだけどね

 


今日はそういう、お話でした

 


まとまらなかったけど、

もう時間なので終わります、

ありがとう

 


またね