明日には忘れるひとりごと

ただの偏見と自論

鬱っぽいってそんな軽い言葉じゃない

無職、を肯定している訳では無い

し、たぶん、わたしもかなり強がって生きてる

 


わたしが周りからどんな人に見えているかななんてことは確認しようとしたことはないし確かめる気もないからずっとわからないままですけど、

無職で、心が安定するわけは当然ないよ

 


身内からすればわたしは情緒不安定な生き方してるだろうし、かなり扱いにくい存在だと思われていることは確か

 


鬱っぽいとかなんかそういうこと簡単に言われるし、なんかおかしいとも、思われてる

わたしも時々同じように思ってるし

 


結局わたしはネガティブな発言を一回始めてしまうとしばらくそこから抜け出せなくなるし、自己肯定感?とかそういうのは堕ち続ける。

けど、ほんとは明るくありたいとか、ポジティブでありたいとか昔の私のように学校とか集団生活とか生きることに希望を見い出せない人を一丁前に救いたいとか思ってしまってる、だから頑張ってる

 


見えない知らない誰かのために生きてる

そうしないとわたしが生き残れないから

 


今のわたしが救われているわけではないけど、

この世界から誰かが消えることは悲しい

 


誰かではなく自らの手で一生を終わらせることが当たり前にならないように

 

 

 

わたしはずっと、お節介で生きてる

お金もないから誰のこともすくえないけれどなんとか生きる方法を探し求めてる

言葉では大丈夫って言えても、そんな軽いひと言で誰かを救えるとは思ってない

ほんとの意味では救えない

自分でさえも救えてない

 


こんなふざけた文章、人に読ませるものでは無いだろうし、なんなら誰かの希望を踏みにじってしまうかもしれない。

けど、わたしも器用ではないので時々たまにいや頻繁に自分のこと嫌いになるし、負の感情出しまくるけど、それでもなんか生きれる毎日があるよとは言いたい、格好つけたいだけだけど。たぶん。

 


消えたいを膨らませたいわけじゃない、

消えたい中にある小さな生きたいを膨らませる場所が欲しい。それだけ。

 


これは、ほんとに気持ち悪い言葉しか並んでないと思う、誰がよんでも、わたし自身が読み直しても。

 


けど、いったん、投稿するね、ごめんなさい

こんなの読んでもらってすみません

 


不快に思ったら コメントとかください

消したりすることも考えます。